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知っていますか?「世界を救った日本の新薬」開発秘話

time 2018/05/28

知っていますか?「世界を救った日本の新薬」開発秘話

21世紀に入り、日本初の画期的新薬が続々と登場している。こうした新薬の開発に日本人科学者や日本企業が重要な役割を果たしている。平昌オリンピック選手や政治家、天皇陛下の持病からの回復を陰ながら支えた薬の存在を、この度『世界を救った日本の薬』を上梓したジャーナリストの塚崎朝子氏がレポート。

「時の政権」を復活させた特効薬

薬は人体にとって異物であり、好んで薬を使いたいと思う人は少ないだろう。しかし、「現代の日本は、薬が支えている」と言っては言い過ぎかもしれないが、“ニュースの陰に薬あり”だ。

今年2月、平昌五輪のフィギュアスケート男子、冬季五輪個人種目で日本初の連覇を達成した羽生結弦選手は、日本のみならず世界を魅了した。

実は、羽生選手は、幼少期から持病の喘息を患い、飲み薬や吸入薬で、発作を抑えていた。

フィギュアスケートが大好きだったが、続けられるかどうか迷っていたところを、背中を押したのが、やはり喘息を抱えながら、1998年長野五輪のスピードスケートで金メダリストとなった清水宏保氏だった。

長野から16年後のソチ五輪で、羽生選手は清水氏と同じ頂点に立った。さらに4年後の平昌では、けがを負いながら、ぶっつけ本番で出場して“日の丸”の期待に応えた。もちろん、卓越した技術と並外れた精神力の賜物なのは言うまでもないが、喘息薬が進化したことも、また、陰ながら、その連覇を支えている。

同じくフィギュアスケート女子の三原舞依選手は、若年性特発性関節炎(リウマチ)による全身の痛みから復活、最後まで平昌五輪代表の座を争った。リウマチも薬の進歩が著しい病気の1つで、生物学的製剤(バイオ医薬品)には、月1回の点滴で効果が持続するものがある。

森友問題を巡り、安倍政権が揺らいでいる。佐藤栄作、吉田茂に次ぐ、戦後3位(歴代5位)のこの長期政権もまた、薬に支えられている。

安倍首相は10代の頃から、潰瘍性大腸炎という持病を抱えている。2006年9月に戦後最年少で内閣総理大臣に就任したが、1年後、あっさり辞任した。その後、理由は病気の悪化によるものと明かされたが、症状を改善する新薬が09年に登場したことで健康不安が払拭され、12年12月に再度首相の座に就くと、かくも長き政権を維持しているのである。

2019年4月、天皇陛下は退位されるが、やはり陰には薬の支えもある。

皇太子時代の1953年、外遊で結核に感染したが、既に特効薬が発見されていたために、戦前は死病とされていた病から、健康を取り戻すことができた。

日本人の2人に1人ががんにかかる時代にあって、天皇も2002年、69歳の誕生日翌日の検査で前立腺がんが見つかり、翌年摘出した。しかし再燃の兆しが見られたため、04年7月から月1回、注射薬を用いたホルモン療法が開始された。

その後は狭心症の手術なども乗り越えて、11年の東日本大震災後は被災地や避難者を励まされるなど、84歳を過ぎてなお公務に勤しまれている。

2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会委員長を務める森喜朗・元首相も、がんに罹患した1人だ。3年前に肺がんの告知を受けた森氏は、手術後にがんが再発、新薬による治療を受けつつ、大会の成功のため、無報酬で“最後の奉公”をしている。

実は、これらの薬の中には、“日本発の薬”が、いくつか含まれているとみられている。日本人が創った薬が、日本人を支えているのだ。

さておき、翻れば、薬は歴史を左右することもある。第二次世界大戦中、英国首相のチャーチルは肺炎にかかり、サルファ薬という抗菌薬によって救命された。皮肉にも、これは敵国ドイツ人が発見した薬だった。

一方、盟友だった米国大統領ルーズベルトは長年高血圧症を患っていたが、現代のように効き目の高い降圧薬がなかったため、大戦の勝利とその後の世界を見届けることなく脳出血で命を落とした。

3億人を失明から救った薬

さて、平昌五輪会場のセンターポールに何度も揚がった日の丸は、日本人を元気付けた。

それに負けず劣らず、日本人のノーベル賞受賞のニュースも、我々は喜ばしいと感じる。薬との関連でいえば、2015年に大村智・北里大学特別栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を受賞したことは、日本人にとって誇らしい出来事となった。

イベルメクチンは、熱帯の寄生虫病の特効薬として、年1回の投与で3億人以上を失明の危機から救った。世界を変えた薬となったのだ。

大村智・北里大学特別栄誉教授(Photo by gettyimages)

その物質を発見したのは、大村氏だったが、薬として開発したのは世界の最大手製薬企業、米国メルク社で、同社は社会貢献のためにこれを無償供与した。もっとも、元は犬のフィラリア症などにも効く薬で、動物薬としても爆発的に売れたために、それなりに潤った。

人を救う薬に国境はないことを、大村氏の偉業は示してくれた。と言いつつも、日本人研究者が、薬につながる発見をしながら、欧米の製薬企業に果実をさらわれたり、何より日本人がその薬の恩恵に浴するまでには時間を要したりということがしばしばあるのは、少し残念なことでもある。

新しい薬を創り出す「創薬」は、承認された薬を一定の品質で製造する「製薬」より、格段に難しい。世界で真の創薬を成し遂げられる国は限られているが、日本は、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スイスなどと並び、その一角を占める。

戦後の日本は、ものづくりによって立ち上がり、「自動車王国」「家電立国」を旗印に、産業の両輪として官民一体で後押ししてきた。さらに、半導体や携帯電話などのエレクトロニクス産業が栄え、「電子立国」として世界に君臨してきたが、その牙城が揺らいで久しい。相前後するように、今世紀に入って「創薬立国」への期待が、声高に叫ばれるようになった。

ひと昔前、1つの新しい薬が世に出るまでには、10年余りの歳月と数百億円の研究開発費がかかるとされていたが、今では1000億~1500億円にまで膨れ上がっているとされる。

創薬立国を目指すのならば、まず、日本人が関わった薬には、どのような薬があるのかを知りたい。温故知新こそが大切なのではないだろうか。

自動車や家電には後れを取ったが、1990年代以降、日本人研究者によって画期的な新薬が次々と世に送り出されている。

新薬の中でも特に新規性・有用性が高く、従来の治療体系を大幅に変えるような独創的な医薬品は「ファースト・イン・クラス」、また、売上高が年間10億ドルを超える大型医薬品は「ブロックバスター」と呼ばれる。日本発で、こうした薬もいくつも誕生している。

スタチン(コレステロール低下薬)、アリセプト(認知症治療薬)、フェブリク(痛風・高尿酸血症治療薬)、リュープリン(ホルモン剤)、アクテムラ(関節リウマチ治療薬)、カナグル(糖尿病治療薬)、ブロプレス(高血圧症治療薬)、エビリファイ(抗精神病薬)、ハルナール(排尿障害改善薬)……。

“ニュースの陰にある薬”だけでなく、“ニュースの主役となる薬”の中にも、日本生まれのものがある。大村氏のイベルメクチンはもちろん、高額薬価で話題になったがん免疫治療薬のオプジーボ、エボラ出血熱に効く可能性が示唆された抗ウイルス薬のアビガン……。しかし、そうした薬が、いかにして誕生し、どのような潜在能力を秘めているかについては、あまり知られていないように感じる。

拙著『世界を救った日本の薬』、その姉妹編である『新薬に挑んだ日本人科学者たち』では、先に名前を挙げた、身近な生活習慣病薬から難病の薬まで、日本発の新薬の開発ストーリーを研究者の横顔と共に解説している。

そこには、未来へのヒントがあるかもしれない。そして何と言っても、日本発の薬が、世界を救った、あるいは救うかもしれないということは、我々を勇気付けてくれるのではないだろうか。

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